野上日記

夏の終わりの日曜日

こんにちは、Y館長です。
 
先の日曜日、藤飯治平先生が長く絵の指導をされていたHさんとおっしゃるご婦人をお訪ねして、所蔵されている先生の絵を拝見させていただく機会がありました。
 
Hさんのお宅は、この記念館とは目と鼻の先と云ってもいい野上二丁目です。
 
現在は、ご主人を先に見送られて、子供さんも隔地にそれぞれお住まいとのことで、この「坂道の野上」では買い物を始めとした生活にご不自由があるため、一年余り前から同じ宝塚市内のケアサービス付き住宅にお住いです。
 
Hさんとは以前から懇意にされているギャラリープチフォルムのA社長とご一緒にお訪ねしたのですが、「これは藤飯先生が取り持つてくれたご縁ね」と、大層喜んでくださり、一緒に野上のお宅まで同行してくださいました。
 
伺ったお宅は、長い主(あるじ)の不在を微塵も感じさせない温かい雰囲気が満ちていて、よく経験する人が住まなくなった家の寂寞感、荒涼感などまったく感じられません。
 
同行していただく車中で問わず語りにお聞きしたのですが、この野上に住みたくて幼子をおぶいつつ、当時の生活が許す条件で何とか手に入れられる物件をと、地域の周旋屋さんを尋ね回ったのだとか・・・
 
そんな想いからスタートしたH家の野上の歴史・・・・
 
しばらく主(あるじ)が居ないとて、揺らぐべくもない、ということでしょうか。
 
そのお宅の壁に飾られた藤飯治平先生の作品、二十号ほどのゴシック様の教会と思しき建物を描いた油絵をはじめ、水彩の小品が数点・・・
 
藤飯作品と並べて、Hさんが描かれた油彩の風景画や亡くなったご主人の肖像スケッチにご自身の自画像、或いはご主人が描かれた水墨画なども壁面を飾っています。
 
これらの作品が、主(あるじ)に代わってこの家を守ってくれている、そんな思いをそれらの絵を拝見しつつ感じていました。
 
Hさんの自画像が、いつとはなしに、柳田國男が遠野物語に著した「座敷ワラシ」に見えてきたりして・・・
 
そのお宅の玄関に再び鍵を掛けて帰りの車に乗り際、「ほんとはここに住んでたいのよね」と後ろも見ずにつぶやかれた言葉が印象的でした。
 
その帰りの車の中でお話されたつぎの言葉は、もっと印象的でした。
 
「わたし、絵を描きたくなったわ・・・このまま独りでぼやぼやしていたら駄目ね・・・この機会をありがとう・・・身震いするほど嬉しいわ・・・」
 
 
Hさんは、三十年近く藤飯治平先生にアトリエで絵を習っておられたとのこと・・・まさにアートの力を感じたひとことでした・・・
 
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